序文

 とある思い付きで流れ着いたところは東京から南に180㎞前後下ったところにある離島、新島で、伊豆諸島を構成する島のひとつです。伊豆大島や八丈島などに比べると知名度は雲泥の差ではありますが新島の観光PRポスターには「人波につかれたら」「いつもと違う東京へ」などの宣伝文句が印象的です。そう、新島はまだ東京都であるばかりか伊豆諸島一帯全てが東京都に属します。新島はサーフィンでも知られているわけではありますが筆者の目当てはむしろ食べ物でした。なぜなら新島がくさやの発祥地であると言われているからです…。

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くさや屋兼ゲストハウス

 新島に着いたのは15時50分、高速船を降りると早速ゲストハウスの方が迎えに来てくれた。ゲストハウスとはいってもただのゲストハウスではない。彼らの本業ではないばかりかゲストハウス事業自体は始めてからまだ数年経った程度だという。それでは何を本業にしているのかという話なのだが答えを聞いて納得してしまった気がした。くさや屋だ。

くさやは今でこそ伊豆諸島各地で作られるようになったが元々は新島で発祥したという説が最も支持されている。それはともかく、くさやをおおまかに説明すれば「しょっちる(使いまわした塩水に魚由来の成分が溶け込み、発酵したもの)」に魚を漬けて水で洗い、その後干された保存食なるものになる。特徴は何より名前の通りに臭いが強い。これが好き嫌いをはっきり分けるのだがそのくさや屋の方はこんなことを言っていた。「好き嫌いは置いておいてとりあえず怖いものみたさで買って帰るお客さんが多いんですよ」少し前までくさやの論文に目を通していた筆者としてはこれは驚きだった。数字を見る限りではくさやの消費量は年々右肩下がり、臭いの強さ故に特に都会では消費しにくく、臭いで敬遠されがちなどの要因で将来の不安が大きいという記述を何度も目にしたためだ。

 港から車を走らせること数分でくさや屋兼ゲストハウスに着いた。チェックインはくさや屋のレジで行う。店内は換気がよく効いているのかくさやの強烈な臭いを感じない。筆を休めている間にくさやに目を向けてみた。この時並んでいたのは青ムロ(アオムロアジ)、サンマとマアジのくさやだった。この店では他にサメなどもくさやに加工するそうだ。くさやは島ごとに使う魚も多少異なってくるので意外に多様性に満ちた食べ物である。そうこうしている内にチェックインと清算を終え、店の向かい側にあるゲストハウス用の建物に案内された。それにしてもクレジット決済が可能とは驚きだ。

向かった先は焼き鳥屋、しかし…

 チェックインを終え、部屋に荷物を下ろすと時計は既に4時半を示していた。予報では明日から雨が強く降る。外はきれいに晴れていた、このチャンスを逃がすまいとズボンは水着に変えて宿を飛び出した。ここから合計3時間前後にわたって歩き続けることになるのだがこれだけ歩き続けるのは久しぶりだった。とは言っても以前に50㎞を歩いた経験があるのでこれはいい運動になったと思う程度だった。息切れはしなかったとは言っても波にさらわれそうになったり温泉に寄り道して汗をかいたりそして単純に歩きっぱなしだったので、さすがに異次元の空腹になる。こうして宿で一旦着替えて向かった先は焼き鳥屋だったのだが、それもただの焼き鳥屋ではない。

 焼き鳥屋大三、焼き鳥屋とは言いつつも店をきりもりしているのは現役の漁師だ。そのためかメニューも焼き鳥屋離れしたものが多くみられるのだが、どれくらい離れているかというと半分くらいは魚介だ(笑)。しかも極めつけはくさやがあるということだ。焼き鳥屋で食べるくさやに興味をそそられた筆者はメニューを半ば見ないままくさや(アオムロ)を瓶ビールとご飯と一緒に頼んだ。忘れてはいけないのがここには筆者単独で来ているということである(笑)。なお、「大三」だがこれは「だいさん」と読む。

 待っている間は人間観察をしていたのだがさすがは離島なのだろうか、あまりにもアットホーム過ぎる雰囲気に終始圧倒されっぱなしの筆者だった。もはや寝間着ではないかという人もチラホラいたほどだが気にすることはない。かく言う筆者もジャージだったのだから(笑)。やれやれ、これでたちまち都会時間に戻れる気がしない。

くさやを攻略せよ

くさや

 ビールをちょびちょび飲みながら待つこと20分、くさやのご登場だ。くさやを食べるときは基本は焼いてから食べる。そうでもしなければあの強烈な臭いを緩和することはできない。ここでは焼き鳥屋であるということでくさやを炭火焼きにするという焼き鳥屋だからこそできることをしていた。それはともかくまずは一口食べてみる。食べる前からすでにあの特徴的な臭いがするがそれを押して口に入れる。これはパンチが強い(笑)。しかし酒にはとても合う味だ。ビールとの相性は問題ない。ごはんも一緒に食べれば臭いはある程度緩和される。最初に食べたくさやが八丈島のくさやだったのでややマイルドなものに慣れていた筆者には改めてパンチが強い(笑)。後日泊めてもらっていたくさや屋の方が「一番くさいのは新島でしょう(笑)」なんて言っていたがこれは間違いないと思う。なんとも破壊力の強いおつまみだ。そしてもうひとつ、アオムロ1尾を丸々いただいていることになるのだが一人で食べるにはこれは多い。できれば複数人数で分けることを筆者から提案させていただく。それにしても隣のテーブルではくさやのあの特徴的な臭いと味に悪戦苦闘していた人もチラホラいた一方、みるみるうちに平らげてしまう人もいた。やはり好き嫌いのはっきり分かれる食べ物だと改めて実感したものだ。

たたき揚げも

たたき揚げ

 くさやを半分ほど食べたタイミングで追加で頼んだたたき揚げが登場した。くさやほどの知名度はないがこれも新島の郷土料理のひとつだ。ここでいう「たたき」とはムロアジをすり身にしたものを指す。すり身を揚げるという意味では鹿児島のさつま揚げや沖縄のチーキアーゲ(つけ揚げ)によく似ているが、たたき揚げについては原則としてムロアジを中心に使う。見た目はというと、きつねうどんにあるような油揚げに近いのだがこれをいざ食べてみると油揚げと錯覚するような甘さだ。食感は油揚げをさらに若干肉厚にしたようなものだ。きっと人参などの野菜も入っているのだろうが味付け含め隠し味は作り手によって様々、だからこれは恐らく機密だ(笑)。単純に見えるが意外にも個性の出やすい料理と言える。それにしてもこのたたき揚げもまたご飯が進む。くさやに飽き始めたらその合間にたたき揚げをつまむのはいかがだろうか?しかしこれで結局2人分を一人で食べたようなものか….。

 長時間歩行で異次元な空腹になったことが幸いして結局この2人分、しかもあの特徴的な臭いのするくさやを含めて見事に完食した。旅人のお腹というのは時に底なし沼になることがあるらしいが、当時の筆者のお腹は確かにマリアナ海溝になっていたことには間違いない。この後ほろ酔い状態で島の星空を眺めながら宿に戻るのだった。

 

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