序文

 2018年3月の初頭、学部生としての学生生活を終えようとしていた時期に筆者はカザフスタンの地にいました。以前に乗り鉄記事で5回ほどカザフスタンが登場していますが、ここはこれまでの筆者の行ってきた旅の中で最も味わい深かった旅のひとつだったように思えます。筆者はまだ院生ということでまだ学生生活がしばらく続くことになるのですが、既に次の卒業旅行もカザフスタンにしようと思っていたりもします。

それはさておき、初回の食物語の舞台はそんなカザフスタン南部のウズベキスタン国境にほど近いトルキスタンです。(以下の本文より文体がですます調から変わりますのでご了承ください)

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ここでラグマンに出会った

 Yuzhno Kazakhstaskaya oblast、これが南カザフスタン州のロシア語訳になる。トルキスタンはそんな南カザフスタン州の南部に位置しており、シムケントほどではないがウズベキスタン国境からは遠くはない。実際にはここは半ばウズベキスタンと言ってしまっても違和感はない場所だ。というのもここは伝統的にウズベク系住民が定住しているためだ。それ故に料理だってカザフスタンの中では異色を放つ存在だ。しかもその評判は高い。料理についてはシムケントが断然有名だが、生憎筆者はシムケントは通過しただけだ。

 それはさておき、ラグマンに初めて出会ったのはトルキスタンに着いてから3日目のことだ。3月の初頭、カザフスタンの気候は東西南北で大きく異なり、当時首都アスタナ(現在はヌルスルタンに改名済み)の最高気温が氷点下10℃前後であったのに対し、ここトルキスタンでは最高気温は10℃台、アスタナの寒さに慣れてしまうとここはむしろ暑い。その日はトルキスタンの外れにあるサウラン遺跡を訪れていた。遺跡とは言っても原型は殆ど残っていなくて青々とし始めた草原がのんびり広がっている中に時々土器の破片やら区画跡があったりという具合だ。観光するというよりただ草原でのんびりしに来たようなものだろう。

 いけない、また話が脱線してしまった。ともかくサウラン遺跡で2時間近くのんびりした後は宿主の車に戻ってトルキスタンに戻った。英語は通じない。筆者はロシア語もカザフ語もウズベク語も分からない。とにかくお互いに昼食はまだだったのでまずはトルキスタンに戻ることにした。車を走らせること1時間前後、町の入りにあたるところに着いた。そこに運転手の言う「ケバブ屋」があったのでそこで昼食をとることにした。中に入ってみればケバブ以外にピロシキなどいろんな種類の食べ物が並んでいた。スープもある。ケバブ屋というよりはロシア語圏で大衆食堂を意味するスタローバヤ(カザフ語ではアスハナ)の方が適格だと思う。前日の朝は市内のスタローバヤで朝食にしていたのだが雰囲気は殆ど違わなかった。ぶっきらぼうな店員、くたびれた店内、無造作に映るテレビ..。ともかく、ここで筆者はラグマンに出会った。

そしてラグマンを食べる

ラグマン

 ラグマンはカザフスタン料理と断言するにはきわどい存在だ。というのもこの麺料理は農耕生活(麺には小麦が必要)があってからこそできるもので、カザフ族は長らく遊牧民だったのでまずウズベク族が発展させたといってもいいのだろうか。ちなみに発展という言葉を使ったのはこの料理の起源はウイグル(現在の新疆ウイグル自治区、トルコ語圏では東トルキスタンと呼ばれている地域)であったためであり、もともとはウイグル料理だったと考えるのが適当だろう。最も標準的なラグマンとしては羊肉が入っていて、しかも唐辛子などが効いて若干辛いものである。

ここからがカザフスタンならではのラグマンになるのだが、馬肉文化が中央アジアでは最も浸透しているだけのことはあって、ここにも馬肉が入っていることも多く、筆者の食べたラグマンもまた馬肉が入っているものだった。パンも何切れか買い足し、さらにお茶もお願いしたのだが2人分にして1000円もいかなかった。外食が高いと言われがちなカザフスタンではあるがスタローバヤで食べればそれは解決してしまう。それともそれは田舎のスタローバヤ故なのだろうか。

 ともあれ、宿主と席につく。ちなみに宿主はウズベク人の方だったがカザフ語を使っている方が多かった気がする。それともカザフ語とウズベク語がかなり似通っているから筆者が気が付かなかっただけだろうか。例えばそれぞれの言語で「ありがとう」と言うとしよう。カザフ語ではRahmyetであるのに対し、ウズベク語ではRahmatである。ほんのわずかな違いしかない。これを認識できるようになればそれだけで現地住民から好印象を受けられるので侮れないものである。これぞ草の根外交である。

 さて、早速ラグマンを食してみよう。麺は中太麺とほぼ同じぐらいの太さといったところだろう。量は旅行中に腹が底なし沼になる筆者にはちょうどよく多いのだが、日本人にはむしろ多すぎるくらいなのかもしれない。馬のひき肉以外では赤ピーマンも見える。以前に辛いという評判を時々聞いていたので唐辛子も入っているのであろう、おそるおそる口に入れる。しかしいざ口にしてみると全然辛くない。肉の旨味もしっかり麺に伝わっている。そこにほんのり少し甘い赤ピーマンも絡み合って肉の旨味がさらに生かされている。麺もほどよくもっちりしていてたちまち食が止まらない。どうやら筆者はこれでもかというほど腹を空かせていたらしい。結局ラグマン自体は5分足らずでペロリと完食した。

宿主にとって初めての日本人が筆者のような暴食漢だっただけに少々驚いている様子だった。こうしてラグマンを完食した筆者だったが、かと言って食事が終ったわけではない。パンを買い足したと先述したがここでパン(ここではパン全般をナンと言っている)の出番である。残った肉汁や肉片などをパンで掬い取って食べる。日本ではあまり目にしない食べ方だが中央アジアはもちろん、欧州、南米などではよく行われる食べ方である。特にハンガリー語ではそれを表すための単語があるくらいで、トゥンキと呼んでいる。筆者はこうしてラグマンの残った汁や肉片などをトゥンキで食べたのだが、味はまだまだ美味しい。

 これで後に残っているのはお茶だけである。勢いよく食べた後は喉がとにかく渇く。塩分がやや多いものを食べた後はなおさら喉が渇く。ラグマンはもしかすると塩分が少々多いのだろうか。今回頼んだのはフルーツティーだった。

 あたりを見回してみるとあることに気が付く。この食堂に来ている客層が全員男性であることである。店員を見ても女性はキッチンの方にいるくらいで後は皆男性ばかりである。そういえばイスラム圏を以前旅していたとき、この男しかいないという光景は多く見た。特に文字通りコーヒーを飲むためのカフェはその最たる例だった。そこは本当に男しかいない。カザフスタンもまたイスラム教徒が多数派を占めるわけだがトルキスタンのような田舎にいけばこのような光景をしばし目にすることになるだろう。とは言ってもなんだかんだで世界遺産を擁する町でもあり、再開発も始まっている。これが終わった暁には一気に都市化するそうだ。とは言ってもこのようなくたびれた食堂の光景はしばらくは残るだろう、最大都市アルマトイの食堂だって雰囲気は違わない。ラグマンを食べ終えてしばらく考え事をしていた筆者に宿主はこう言った。

「腹いっぱいだし帰って昼寝でもするか」

 

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