はじめに
別稿で田宮二郎出演の【映画版】についてコラムを書きましたが、今回は【テレビ版】について書いてみます。令和元年5月22日から26日にかけて5夜連続で放映されましたが、制作はテレビ朝日で、同社開局60周年記念番組でした。2003年(平成15年)にフジテレビで放映されて以来、16年ぶりのドラマ化です。「白い巨塔」フアンの一人として大いに興味を持っておりましたので毎晩の視聴が楽しみでした。
過去にテレビ版は4回放映され、今回で5回目の放映になります。放映年度と主演財前五郎役を辿ってみますと、1967年(昭和42年)は佐藤慶、1979年(昭和53年)は田宮二郎、1990年(平成2年)は村上弘明、2003年(平成15年)は唐沢寿明、そして今回が岡田准一です。1979年版に出演した田宮二郎は、映画が小説の「前編」で終わっているので、ぜひとも「後編」部分を含めて演じたいと考え、原作者山崎豊子の了解を得てテレビ放映されたそうです。テレビ版は前後編を通して物語が展開されてゆきますので、今回取り上げます2作品を対比して視聴するのも面白いかも知れません。私は2003年唐沢版と今回の岡田版しか視聴しておりませんので、これについてコメントします。お断りいたしますが、あくまでも私見ですから、この点をご了承下さい。
2003年のテレビ版
こんなエピソードがあることを知りました。唐沢寿明がフジテレビの担当プロヂューサと作者の山崎豊子に挨拶に出向いた際、山崎は唐沢に「今度、財前五郎の役をやらせて欲しいと名乗りを上げたそうやね。あんた、いい度胸してるわね。どんな財前五郎が誕生するのか楽しみにしてるよ・・」と言ったそうです。これは皮肉めいていますが、事実期待はしていなかったそうです。しかし、回を重ねるにしたがい、中半から後半にかけての唐沢の演技を見て、「いやー感動したわ。新しい財前五郎像を見た」と漏らされたそうです。
あと一点、フジテレビの制作に山崎が同意したのは、同局が医療物のドラマ「救命病棟24時」を制作しましたが、リアルな臨場感が評判となり、そこそこの視聴率を上げていたからです。さて、唐沢版は2003年10月から翌年3月まで21回に亘って放映されたテレビ版でした。原作の発表から40年が経過しておりますので、時代背景も大いに変化しております。医療関係に関する部分も変化がありますので演出には苦労したと思われますが、続編も含めて仕上がっておりますので見ごたえのある仕上がりになっておりました。
脚本が井上真由美、演出が西谷広。次に配役ですが、財前五郎に唐沢寿明、里見脩二に江口洋介、東教授に石坂浩二、鵜飼教授に伊武雅刀、柳原医師に伊藤英明、財前又一に西田敏行、花森ケイ子に黒木瞳、五郎の母に池内淳子、関口弁護士に上川隆也、東の娘佐枝子に矢田亜希子、佐々木庸平に田山凉成、佐々木の妻にかたせ梨乃、東の妻に高畑淳子、五郎の妻に若村真由美、里見の妻に水野真紀、亀山君子に西田尚美、大河内教授に品川徹、菊川教授に沢村一樹、病院側弁護士に及川光博・・その他、木村多江、片岡幸太郎、野川由美子など豪華な俳優陣が作品を盛り上げておりました。
長編小説を忠実に描いてゆくと言うスタンスが好感を呼び、平均視聴率が23.9%、最高視聴率が32.1%と言う驚異的な数字を叩き出したのです。唐沢寿明は手術技術にも自信に満ち溢れ、次期教授の席を狙う野心家の財前五郎を見事に演じておりました。
一方、里見役の江口洋介は、常に患者優先、患者に寄り添うと言う研究者肌の医師で、財前とは真逆の考え方を持つタイプを演じ、理知的な面を覗かせるところも魅力がありました。佐々木庸平の遺族から依頼を受け裁判に臨みますが、着手金で事務所の家賃を支払い、事務所を替わる予定でいた関口弁護士が遺族の熱意に負け、法廷論争をする場面は秀逸で、後半の舌鋒鋭い論調で柳原や財前を追い詰めて行く弁護士役の上川隆也の演技には拍手を贈りたいほどでした。
里見の生き方に共鳴し、秘かに想いを寄せる東の娘佐枝子役を演じた矢田亜希子は気品ある美しさが出ていました。里見との友情、東(退官して近畿労災病院院長)への執刀依頼、執刀後手術に至らず閉腹処置をとる東、そして、財前が「がんの権威者であると自負している自分が、がんで死んでゆくことが無念だ・・・」と言い残して亡くなる最終回は、何と関西地区で39.9%の視聴率を叩き出すほどでした。憎たらしいほど傲慢な野心家財前五郎の哀れさを見事に演出していたと思いました。なお、音楽は加古隆が担当しておりましたが、挿入歌としてタイトルバックで流されていたのが「アメイジング・グレイス」です。この曲が非常に効果的に使われており、このドラマを盛り上げた要因の一つでした。
2019年のテレビ版
2003年放映から16年が経過した令和元年、テレビ朝日が60周年記念作品として「白い巨塔」を取り上げました。令和時代幕明けの戝前五郎役は岡田准一でした。「白い巨塔」フアンの私も大いに楽しみにして毎晩テレビにかじりつき視聴しておりました。
ところが、1966年映画版はともかく、2003年版に比べると完全に見劣りをしました。この長編小説を、医学界にメスを入れたテーマを、複雑な人間関係を、法廷でのやりとりを、5夜連続とは言いながら、収めきろうとした企画、演出には無理があったと思わざるを得ません。同局の看板番組であった「ドクターX」の成功に味を占めたのでしょうか?全く重厚感がありません。物語が大雑把に進んでゆきます。
2003年版は21回に亘って丁寧すぎるほどの展開で進みました。今回の5夜連続では無理があって当然でしょうね。次に、配役ですが、中心的存在の財前五郎を演じた岡田准一はミスキャストでしょうか。演技力は抜群で眼力もあります。しかし原作の戝前のイメージとは異なります。先ず身長が低すぎること、次に、むやみやたらに外股でガツガツ闊歩する姿はイメージダウン。松山健一の里見脩二はただ優しいばかりの印象、沢尻エリカの愛人役に至っては黒木瞳に比較すると気の毒なほど品性がなく、演技力も劣ります。財前とのラブシーン場面では面目躍如と言うところでしょうが、セリフ回しも下手。老獪な鵜飼教授役の松重豊もまた優しい印象。2003年版で見せた伊武雅刀の不敵さ(財前が亡くなった病室から出る際に魅せた一瞬の不敵な笑み)が出ておりませんし、東教授役の寺尾聡に至っては髭づらの刑事に見えてきました。斎藤工の関口弁護士は法廷でのやり取りに迫力がありません。
俳優陣の中では、柳葉敏郎、岸本加世子、小林薫、満島真之助、市毛良枝、岸辺一徳、高島礼子、八嶋千尋、椎名桔平、浅田美代子あたりが、さすが目立った演技をして画面を引き締めておりました。しかし女優陣の中で、夏帆や飯豊まりえなどは影が薄すぎる。約半年をかけて放映された2003年版と比較することも酷でしょうが、もう少し重厚な作品にして欲しかったと感じるばかりでした。脚本羽原大介、監督鶴原康夫、音楽兼松衆のスタッフ陣も苦労しながら頑張ったことでしょうが、残念ながら力不足。視聴率は平均12%台で頑張りましたが、山崎豊子氏が現存なら今回のテレビを観てどのような印象を持たれ、且つ批評をされたでしょうか。
あとがき
好評だった2003年版から16年を経て放映された2019年版では、視聴する世代の中心も異なっております。2003年版を直接視聴した世代は、現在30歳以上の人でしょうか。また、映画版になりますと直接映画館で観た人は、50歳代後半の世代と言うことになります。【テレビ版】では、主に唐沢寿明と岡田准一の二人が財前五郎役として注目されます。二人とも個性のある実力者ですが、原作から想像される財前五郎役はやはり【映画版】【テレビ版】にも登場の田宮二郎でしょうか。それほど強烈なる印象を残して、今もDVDでの視聴者が多いと聞き及びます。
【テレビ版】に話を戻しますが、最初は揶揄されていた唐沢寿明は原作者が感動したと言う財前五郎像を作り上げ、映画版に続き、いまだにDVDでの視聴者が多いと聞きます。今回の岡田准一は残念ながら差をつけられました。原作では「食道噴門がん(胃がん)手術」の権威者と言われておりました財前ですが、続編が出てテレビ版放映の頃は「食道がん手術」の権威者と変わってきました。なお、大阪市北区中之島の堂島川沿いにありました「大阪大学付属病院」がモデルとなっておりますが、今は吹田市に移転して病院の面影はありません。
教授総回診の場面は、平成27年、私が食道がん切除手術で「大阪大学付属病院」に入院した時に目にした場面と一緒でした。50数年前と同じ総回診シーンが存在することに驚愕したものです。原作でも多種多様の医療専門用語が飛び交います。この作品を書き上げるにあたり、綿密なる下拵え、裏付け調査に長い歳月を要されたのでしょう。そして50年を経ても未だに色褪せない魅力を持った名作です。今回のテレビ放映が発端となり、再び「白い巨塔」が脚光を浴び、原作本やDVDでの視聴者が増えるかも知れません。かく言う私も、新潮社文庫を引っ張り出して読み始めました。今後も映画化やテレビドラマ化を期待し、どのようなスタイルの財前五郎が現れるか楽しみです。