はじめに
令和元年5月22日から26日まで、5夜連続のテレビドラマが放映されました。テレビ朝日開局60周年記念番組【白い巨塔】です。2003年(平成15年)にフジテレビで放映されて以来16年ぶりの放映ですから大いに興味が湧き最終話まで視聴しました。
このドラマは、山崎豊子原作の同名小説をドラマ化したもので、これまで映画やテレビドラマ化されていますが、そのたびに注目される作品として取り上げられてきました。原作は1963年(昭和38年)9月から翌64年6月にかけて『サンデー毎日』に連載されましたが、たいへん好評で、反響も呼びましたので、作者に続編を依頼、1967年(昭和42年)7月より翌68年6月まで連載されたものです。
小説の舞台は大阪の国立病院で、病院の機構、どろどろした教授選、医局内部の人間関係、患者に向かう医師の姿勢、医師の誤診とそれに関連する医療裁判などをテーマとしております。作者の山崎豊子は1924年(大正13年)大阪の船場に生まれ、実家は老舗の昆布問屋『小倉屋山本』です。旧専京都女子専門学校(現京都女子大学)国文科を卒業し、大阪毎日新聞社に就職します。ここで、学芸部副部長であった井上靖に訓練され、小説を書くようになります。
1957年(昭和35年)に実家をモデルとした「暖簾」を発表して本格的に作家デビュー。次いで、吉本興行の創業者である吉本セイをモデルとした「花のれん」を発表し、第39回直木賞を受賞します。以降、「ぼんち」「白い巨塔」「華麗なる一族」「不毛地帯」「二つの祖国」「大地の子」「沈まぬ太陽」など、社会派と称される大作を書き上げるに至ります。2013年(平成25年)89歳で没しますが、亡くなる直前まで執筆意欲を持たれていたそうです。関西を舞台にした小説が多いのも好感が持てますし、私の本棚には、棟方志功装丁の初版「花のれん」がケース入りで60年間鎮座しており、これは貴重品だと考えております。
さて、小説の内容は、主人公財前五郎(外科医)と同期生の里見脩二(内科医)を通して展開してゆきますが、この二人は全く対照的な意識(医療に対し、患者に対し、自分自身に対し、自分の目標に対し)を持っております。第一部(前編)では、財前がどろどろ展開した教授選に勝ち、外科教授に昇進します。
しかしたまたま、里見が診察している患者佐々木庸平を外科的見地から診察してくれと頼まれた財前が、手術前の基礎的な診断処置を誤り患者を死に至らしめます。「不親切、誤診があった」と遺族から訴えられますが、策を弄し、何とか勝訴して大学での地位を不動のものとします。一方、里見は裁判で原告遺族側の証言をすることにより、結果として病院側の逆鱗に触れ大学を追われる形で辞めてゆきます。
第二部(続編)では、財前が控訴され、再び法廷で遺族側と争うことになるのですが、第一審裁判で争点になっていた診断処置に伴うカルテ改竄の指示や当時の担当医師、担当看護婦の証言などにより、最終的には誤診とみなされ敗訴に追い込まれます。しかし、財前は上告手続きを依頼する途上で倒れてしまいます。「すい臓がん」の徴候が見てとれますが、医局や財前の妻、義父は当人に隠します。自分の身体の異変に気付き始め、疑問に思った財前は、大学を追われ、「関西がんセンター」で研究に没頭する里見を訪ね「里見、俺を診察してくれ。病名をしっかり伝えてくれ。お前しか信頼できる人間はいない」と訴えます。診察を終えて里見は話します。「財前、すい臓がんだ。とくにしかもステージ4で最悪。直ちに開腹手術が必要だ」
さて、誰に手術をしてもらうのか悩んだ挙句、教授選で敵対視していた恩師の東(大学病院を
退官し関西労災病院の医院長の職にある)に執刀を依頼すると財前自らが口にします。最初は躊躇していましたが、執刀した東は、肝臓や腹膜への転移も散見され、今や手の施しようがないと判断、手術を行うことなく開腹した腹部を閉じてしまいます。結局、財前は自己の野心(目的)を貫き通せなかった無念を抱きながら死んでゆきます。
この長編小説は医学界の世界に鋭く切り込んだ社会派の作品で登場する人物や人間関係が複雑多岐に亘っており、大変素晴らしい作品です。映画やドラマ化の企画に大変興味があり、出演者も多士多才と言う面白みがあるのです。豪華俳優陣を集めた作品になる傾向が楽しみの一つです。映像化の歴史を辿りますと、先ず、1966年(昭和41年)大映で映画化、1967年(昭和42年)テレビ、1978年(昭和53年)テレビ、1990年(平成2年)テレビ、2003年(平成15年)テレビ、2007年(平成19年)韓国テレビ、2019年(令和元年)テレビ・・・このようになっております。
主人公の財前五郎役は、田宮二郎(映画とテレビ)を筆頭に、佐藤慶、村上弘明、唐沢寿明、韓国のキム・ミョンミン、岡田准一と言う面々です。私は、大映映画版とテレビでは2003年版、そして今年5月の放映版しか見ておりませんが、とくに印象の深い1996年映画版の感想を私見を交えてコメントしてみます。
映画版
1966年(昭和41年)に封切られた大映作品(モノクロ)で、監督は山本薩夫、脚本は橋本忍、音楽は池野成、俳優陣は財前五郎に田宮二郎、東教授に東野英治郎、鵜飼教授に小沢栄太郎、船尾教授に滝沢修、大河内教授に加藤嘉、里見脩二に田村高廣、財前又一に石山健二郎、東教授の娘佐枝子に藤村志保、五郎の愛人花森けい子に小川真由美、関口弁護士に鈴木瑞穂、柳原医師に武村洋介、佐々木庸平に南方伸夫、菊川昇に船越英二、東教授夫人に岸輝子、五郎の妻に長谷川待子、病院側弁護士に清水将夫、五郎の母親に滝花久子、その他、加藤武、下条正巳、高原俊雄など多彩な俳優陣を集め、重厚な映画に仕上がっています。
劇場で鑑賞し、その後DVDをレンタルして楽しんでおりました。田宮二郎は眞に適役と言っても過言ではないと思いました。原作ではこのように表現しております「五尺六寸(約180センチ)で筋肉質のがっしりした体躯、精悍でギラギラした眼、外科医としての腕は抜群で自信に満ち溢れ、自己の意見を主張して引かない強い意志と説得性を持ち合わせると同時に、教授への野望を強く秘めている」・・・田宮二郎以上の財前五郎役はおりません。これが里見との相反性を浮かび上がらせております。里見を演じる田村高廣も適役で、財前と同期でありながら、技術面で秀逸な財前を認め、先を見据えて走る彼に妬む心など微塵もありません。常に患者と向き合う姿勢を崩さないところに共感を覚えます。稀に財前に厳しい言葉を投げかけますが、唯一の友人同士だからでしょうか。裁判では敵対する立場に立たされ、結果的には大学を去ることになります。
財前の愛人役小川真由美も良かったですね。洗練された大人の上品な色気と言うものを感じる立ち居振る舞いに感心しました。財前を後任者と考えていましたが、だんだん野心をむき出してくる財前に不信感を持ち始め、いろいろと画策をめぐらす東教授役の東野英治郎、東から相談を受ける鵜飼教授役の小沢栄太郎は、東の味方のフリをしながら財前の教授選での勝利を目論むと言う狡猾な人物像を見事に、且つ憎たらしいほどに演じておりました。
また、東から相談を受け、金沢大学の菊川教授を財前の対抗馬として送り出す船尾教授役の滝沢修も、さすが出てくるだけで画面が締まります。清廉潔白、教授選における財前又一側からの現金攻勢をはねつける大河内教授役の加藤嘉、義父財前又一役で坊主頭の石山健二郎も原作のイメージどうりです。医師としての里見の生き方に共感を覚え、秘かに慕う東の娘役を演じた藤村志保の上品さも見逃せません。死亡する佐々木庸平夫婦や財前から佐々木庸平を任され、財前の言ううがままになる柳原医師など、この映画の俳優陣は観ていても安心していられます。
実写の手術画面を取り入れたり、本物の食道も映し出されますので観ていても迫力十分です。娯楽性を持った社会派監督と言われます山本薩夫はこの作品以降、「金環蝕」「華麗なる一族」「戦争と人間3部作」「不毛地帯」「あゝ野麦峠」など、油の乗り切った作品を発表することになるのです。この作品は第40回キネマ旬報ベストテンの1位に輝き、この年の芸術祭賞も獲得、ブルーリボン賞も手にしているのです。山本薩夫は1983年(昭和58年)に死亡。享年73歳でした。
あとがき
最初に断っておきますが、あくまでも私見です。財前五郎役は原作から想像するに、断然に田宮二郎でしょうか。それほど強烈なる印象を残して今もDVDで視聴する人が多いと聞き及びます。最初は揶揄されていた唐沢寿明は原作者が感動したと言う財前五郎像を作り上げ、映画版に続き、こちらもいまだにDVDで視聴する人が多いと聞きます。今回のテレビ版を観たら山崎豊子氏はどんなコメントを出したでしょうか。残念ながら、2013年(平成25年)に亡くなっておられますのでコメントは聞けません。しかし、今回の放映で「白い巨塔」が本屋で再び脚光を浴び、DVDでの視聴者が増える端緒になったかも知れません。
約50年前に発表された作品ですが未だに色あせてはおりません。大学病院と言う巨大組織の内部や医療裁判を描くために、綿密な下拵えと言いますか裏付け調査に時間をかけられた作品だからでしょう。今後も映像化やテレビドラマ化を期待し、どのようなスタイルの財前五郎が現れるか楽しみです。