今でこそ情勢が大変きわどくなってしまったイランですが、つい2~3年前まではむしろ緊張が緩和されていくような雰囲気がありました。筆者も2016年2月に当時在籍していた大学の研修でイランに行く機会があり、即答で決断したことをよく覚えています。当時はそれこそオバマ政権下で、アメリカとイランが握手するという歴史的イベントがあった時期でもありました。ともあれ、筆者にとって初めての中東地域、好奇心を胸に秘めて流れる車窓に思いをはせました。

イランってそもそもどんな国?

 中東というと治安が悪いイメージが先行しますし、現実として情勢はやはり逼迫しています。しかし意外にもイランはパキスタン国境に隣接するバルチスタン地域(主要都市にザーヘダーンなどを含む)を除いて治安は比較的良好です。イランイラク戦争を最後に国土が戦禍に直接巻き込まれていない点はあるかも知れません。

しかし治安が良好とは言ってもインターネット規制や厳格なムスリム国家であるゆえの身だしなみなどに関する注意など、不便に感じられる面もまた多いです。それでもイラン人は好奇心旺盛な人が多く、親日家もまた多い国です。それも一時期「おしん」の視聴率が9割にも達したという逸話があるほどです。
おかげさまで道行く人からよく「おしんは傑作だったよ」なんて言われたりするほどでしたし、少しでも困ったらすぐに助けてくれたりしたので不便さを忘れるくらい親切さが伝わる経験が多かったと記憶しています。どんなに面倒な状況になってもおもてなしの精神を忘れないのがイランの長所なのかも知れません。

テヘラン―ベイハギンバスターミナル

 まず手始めに乗車経路の入った地図を最初に示します。今回紹介するのは首都テヘラン(Theran,ثهران)からイスラム教シーア派の内の12イマーム派の聖地であるコム(Qom,کم)に南下するルートでした。使ったバス会社はイラン国内大手のセイロサファルという会社でした。

テヘランーコム

タクシーでおそらくアルゼンチンを指しているアルジャンティーン広場近くのベイハギン(Beihaqin)バスターミナルに到着すると、バスから威勢のいい客引きの掛け声が聞こえてきます。今回はエージェントを通じて人数分まとめて予約していましたが、空席が残ったバスは最後まで客引きをしていることが多いのでそこで運転手に直接払って乗ることもできます。特にイラン第2の都市であるイスファハーン(Esfahan、اسفهان)行については運行本数が著しく多く、運行会社もまた多いので予約しなくても一人旅であれば乗れる可能性は高いです。

ベイハギンバスターミナル

バスで

 コムまでは片道25000riyal、これは日本円に直すと1000円です。経済制裁の影響でインフレーションは深刻で、バスに1000円払おうにも札束は分厚くなる有様です。現在は当時よりさらに通貨価値が下落しているおかげでインフレーションはさらに進行しています。なお、この1000円のバスはトルコでもお馴染みの2+1列のビジネスクラスのような座席を採用しているバスで、イランではやや贅沢な類に入ります。ただし、車両自体は殆ど中古なので座席モニターはおろかシートテーブルすら使い物にならないという有様です。それでも座席はすごく快適なので良しとしましょう。寝心地も最高でしたし、軽食と飲み物も提供されるのでサービス自体は決して悪くはないものでした。とは言え、コップがないのにティーバッグだけがあると持ち帰る他に選択肢がありません(笑)。

バスの軽食:クッキー
バスの軽食:ジュースとお菓子の詰め合わせ

 テヘラン名物の大渋滞を抜けるとバスはたちまち渋滞の遅れを回収するかのごとく加速し、やがて爆走?します。テヘランからコムまでは2時間と乗車時間は決して長くはないですが車窓はなかなか楽しいです。筆者がまず捉えたのは高速道路と並行する路線を走る鉄道でした。繋がれている客車にどこか見覚えがあると思えば、元々欧州で主力だった中古の客車のようです。機関車もまた特徴的で、写真を見る限りでは運転台は片側にしかないようです。

バスから撮り鉄

 図らずも実現した撮り鉄(駅構内では基本的にご法度です)を終えるとバスは果たして制限速度を守っているのか疑問に思うような速度で乾燥した荒野を駆け抜けていきます。西暦で言う2月なだけあって近日に降った雪が依然チラホラ見られました。

荒野と残雪
起伏に富む地形

 途中、1か所でサービスエリアを目にしましたが、写真を見る限りではサービスエリアを兼ね備えたモスクの方が正しいのかも知れません。道中に祈りの場を求めた信者への配慮なのかも知れません。この後眠りに落ちると気が付けば目的地に到着です。

モスク兼サービスエリア?

コム―革命記念日と革命主導者の故郷

革命記念日の行進

 ちょうど革命記念日(イランイスラム革命によりパーレビ政権を打倒した日)ということもあり、各地でこのような行進が見られました。さらに、コムはシーア派の聖地であると共に革命主導者ホメイニ師の故郷でもあるので思い入れは深いようでした。バスから降りるや否や甲高いシュプレヒコールが飛び交っていましたが、参加者の多くは思い思いに談笑したりセルフィ―したり、挙句の果てに遠目に見る筆者らに声をかけてみたり意外にも思い思いの時間を過ごしていたようでした。昼を過ぎるとまるで何事もなかったかのように街は普段通りに戻りました。

おわりに

 いかがでしたでしょうか?バスに乗る前から到着するまでを当時の筆者の感じた通りに紹介させていただきました。あれからすでに3年もの時間が経っているので何かしらの変化はあったはずです。筆者は2016年を最後にイランにはいっていませんが、もし再び行くことがあればカスピ海沿岸を目指してみたいものです(笑)。

 

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