出会い

あるところに、一匹の虎がいた。
虎はその強さ故に、プライドの高さ故に、戦いに際して引くことはできない。
その虎は人を傷つけることは嫌いで、自分がこれ以上傷つかない為にも、なるべく外界との接触は避けて、ずっとずっと一人でいた。

とある日、たまたまそこに、一匹の張り子の虎が通りかかった。張り子だからつまり、紙でできていて、しかも中はからっぽだった。
でも見た目はこれ以上無いほど豪華で、あまりに恐ろしく、本物の虎と比べると、よっぽど張り子の虎の方が怖かった。

張り子の虎は、これからとある村に行き、そこの用心棒となる、と言う。そして本物の虎に、君も一緒に行かないか?と言った。

本物の虎は思った。
この豪華で綺麗な張り子の虎は、見た目はとても恐ろしい。見ただけで戦いを避ける敵も少なくないだろう。
でも張り子だから、本当に戦うとなれば、あっという間に負けてしまう。
戦うまでのにらみ合いが張り子の虎にとっての全てで、そこでは圧倒的に強いけれど、戦いになったらまるで役に立たない。
でも本物の虎は、自然にカモフラージュされる迷彩を身にまとっているから、派手なようでいて実は地味だ。だから相手はその強さに気付かず、簡単に戦いを挑んでくる。
でも戦いになれば本物の虎だから、負けることはない。でも、相手は恐れ敬ってくれるわけではなかった。

もし、自分が張り子の虎の中に入れば。
この見た目が恐ろしく、誰もが恐れ敬う張り子の中に自分が入れば、張り子の虎では勝てない本当の戦いになっても、負けることはない。
それって最強じゃないか、と、本物の虎は思った。
だから本物の虎は、張り子の虎の中に入って、村までついていく事にした。

村での戦い

村長は、それはそれは歓迎してくれた。
張り子の虎の見た目はそれほどに絢爛豪華で恐ろしかったから、これでもう村は安泰だと、しきりに言っていた。
それに気を良くしつつ、張り子の虎と本物の虎は、さっそく村のまわりの魔物を退治しに行くことになった。
最初、大した魔物は出てこなかった。張り子の虎の外見を見ると、その恐ろしさにすぐに恐れをなし、逃げていった。
それを見た村長は、また大変に喜び、退治してもらう魔物を次々に、虎たちに依頼していった。

最初のうちはまだ良かった。
張り子の虎の見た目に恐れをなす敵ばかりで、簡単な仕事だった。
でも、それで村の、特に村の幹部の人たちの期待と、「これくらいやって当たり前だろう」という感覚はどんどんエスカレートしていった。
魔物も強くなっていって、逃げない魔物もついに出てきた。
もしここで張り子の虎だけだったなら、やられてしまっていただろう。
でも、中には本物の虎がいる。
戦いになってもなんの問題もなく、まだ余裕で退治することが出来た。

戦いでも本当に強い虎に、村長や村の幹部の要求のエスカレートは止まることを知らず、むしろ「これくらいやって当たり前、なんでまだ魔物を全滅させてないんだ?」と思うほどの状態になっていた。

しかし悪いことに、張り子の虎はそれまで戦いで強かった事なんて無くて、中にちょっと強いイタチに入ってもらって戦った事はあっても、本物の虎の強さを得ることは初めてだった。
だから、張り子の虎は、すっかり自分が戦っても強い虎になったつもりでいた。
確かに村の人たちには、中に入っている本物の虎など、見えてさえいない。
皆が見た目の優れた張り子の虎を褒め称え、そして本当に戦いで勝てば勝つほど、それが中にいる本物の虎が戦った結果とは思わず、張り子の虎の評価になっていた。

いや、正しくは、その頃には村の幹部はもう、虎たちが「どれほど魔物を倒したか」よりも「魔物があとどれくらいいるか」しか見ておらず、魔物をたくさん倒したにも関わらず、虎たちに対しては称賛どころか「なんでまだ魔物が残っているんだ、いつになったら魔物が全滅するんだ」といった具合に、白い目で見るような状況だった。

これは、虎たちにとっては大変な苦痛だった。
自分たちがどれほど激しい戦いで魔物を倒そうとも、村の幹部からは「なぜ?」と追及される。もう褒め称えられることも無く、村の幹部たちも、虎たちがどれほど戦ってどれほど魔物を倒したかなんて見ておらず、自分たちのまわりにあとどれほどの魔物が残っているか、自分たちがいつ、魔物のいなくなった土地を手に入れて利益を得られるか、それしか頭に無かった。

それでも虎たち自身は、予想以上に手強く多い魔物に対して渡り合って戦えていることが、自信と拠り所になっていた。
ただ、張り子の虎の自信は、本物の虎にとって良いものでは無かった。
張り子の虎がただまわりに褒め称えられるだけなら、自分の手柄が張り子の虎のものになるだけなら、元々この話は張り子の虎が持ってきたものだから、それでも良かった。
でも、まわりからは褒め称えられるわけではなく責められるようになった頃に、張り子の虎は、すっかり自分だけでも戦えると思うようになっていた。

苦しみの中で

確かに張り子の虎の方が、文字通り風当たりは強かった。
「こんなに強そうなのになぜ?なぜ魔物はいなくならないの?」と、無茶なことばかりを言われていた。
それは全て、中の本物の虎も聞いていたけれど、皆からは見えない存在なだけに、いつだってその辛辣で心ない言葉は、張り子の虎に向けられていた。
張り子の虎は本物の虎が中にいなかったら、強い相手との戦いは全て避けただろう。でも、今は中に本物の虎がいて、戦えるし、勝っている。上手くやっている。
なのに、倒した魔物よりも残っている魔物だけを数えて責められる辛さは、本物の虎よりも、張り子の虎の方が強かったろう。

そんなストレスもあって、張り子の虎はイライラするようになった。
本物の虎も、やはりイライラしていた。
張り子の虎は尽きない魔物と、村の幹部の自分への風当たりにイライラしていたし、本物の虎は自分だけならもっと上手く戦えるのにと、イライラしていた。

敵もどんどん強くなっていた。
張り子の虎の中に入った状態では、敵の攻撃を完全にはかわしきれない。
攻撃を食らったとしても、本物の虎の皮はそれはそれは頑丈で、ちょっとやそっとではなんともならないのだが、張り子の虎はそうではなかったから、少しずつ、少しずつ、破けてしまっていた。

だからほんの少しずつ、張り子の虎の破れた隙間から、本物の虎が見えていた。
自分たちがいつ外の土地を手に入れられるかしか考えていない村の幹部たちは、そんな変化など見ていなかったが、心優しく虎を心配する村人の中には、実は戦っているのが本物の虎であることに気付く人もいて、それは本物の虎の心を優しく癒した。

でも、張り子の虎はどんどん破れていってしまう。
これ以上破れるわけにはいかなかったから、本物の虎は、もっと自分の自由に動かせてくれ、と張り子の虎に言った。
張り子の虎はついつい自分が強くなった気がして、自らの意思で戦おうとしていたが、なにせ本当は弱いから、戦い方が間違っている。
でも張り子の虎は、譲らなかった。自分が強そうにすることにあんまり慣れすぎちゃっていて、本物の虎に対してまで、僕は君より強いんだから、と言っていた。

本物の虎は、もうこらえられないくらい、悲しかった。
ほとんどの人、特に村の幹部は、自分のことなど見えてさえいない。
どれほど活躍しても、見られることさえ無いし、しかも張り子の虎ごと、批判ばかりもされていた。
その上、張り子の虎とまで対立し、張り子の虎はまるで自分だけでもやっていけるように言い出す。
ただでさえ誰からも見えないのに、張り子の虎にまで必要性を否定されたら、もう本物の虎に、居場所と感じる場所なんて無かった。

それでも本物の虎は、もし張り子の虎と直接戦えば食い殺すことは実に簡単だったけれど、そんなことをやるつもりもなかったし、自分の存在に薄々気付いてくれている村人を見捨てて村を離れる気も無かった。
本当に辛く、苦しい状態だった。
村長に「実はずっと今まで戦っていたのは私です、張り子の虎は見た目だけです」と言おうかと思った。でも、村長はそんなものを喜ばなかっただろうし、本物の虎は自分も嫌だった。
一緒に戦う機会をくれたのは張り子の虎であって、その張り子の虎が何をしようとも、その事実が変わるわけではなかった。

本物の虎がそう思ったところで、張り子の虎はもう本物の虎に対してまで張り合うような勢いで、ひょっとしたら村長に「こいつは偽者だ」と自分を突き出して閉め出してしまうんじゃないか、そんな恐れさえ感じられた。
本物の虎はどうすればいいのか、悩み続けた。
張り子の虎の意志を尊重すると、戦いが上手くいかない。ひょっとするともう、負けてしまうかもしれない。
でも自分が主導権を握ろうとすれば、張り子の虎が反発し、自分を排除しかねない。
毎日戦いが終わる度に、本物の虎は、自分がなんのために戦っているのか、深い深い溜息をついていた。

別れ

そんなある日、張り子の虎が、自分だけで戦いに行く、と言い出した。
本物の虎は、そんなことはこれまでずっと止めてきた。自分が守ってきた。
でもこの日ついに、本物の虎は、張り子の虎を止めることをやめてしまった。
結果がどうなるかなんて分かっていたのに、本物の虎は、もうそこで何も言わなかった。

張り子の虎は、帰ってこなかった。
村長をはじめとした村の幹部は、張り子の虎の本当の実力を、初めて知った。
騙されていた事に憤り、口々に罵倒はしても、張り子の虎と本物の虎が一緒になって戦ってきたことをねぎらうような事は、無かった。

本物の虎は、もちろん悲しかったのだけれど、内心ほっとしてもいた。
これでやっと、自分が見てもらえる。自分が戦った結果の評価は、自分に返ってくる。
そう、思った。
でも村長や村の幹部は、初めてまざまざと本物の虎の全身を見たときに、あの派手で豪華で恐ろしい見た目の張り子の虎よりは幾分もみすぼらしい見た目の本物の虎を見たとき、何も思わなかった。
あの派手な見た目の張り子の虎でもこれほど弱かったのだから、本物の虎も弱いのだろう、としか見なかった。
張り子の虎の真の弱さを見分けられない人に、本物の虎の真の強さを見抜けるはずもなかった。
これまでずっと張り子の虎を守って戦っていたのは本物の虎だと知っても、張り子の虎がいかに悪かったかを語ることはあっても、本物の虎をまともにねぎらう事も評価する事もなければ、自分たちの誤っていた認識を、自らに責めることもなかった。
ただ、既に亡き張り子の虎を責め続けるだけだった。

本物の虎は、そこで村を立ち去ろうかとも、悩んでいた。
でも、一部の村人は一部だけでも自分を見てくれていたから、その為に少しでも自分が役に立てるならば、残ろうと思った。
村長や村の幹部は、本物の虎を追い出しはしなかった。でも、誰も期待もしていなかったし、張り子の虎を見て輝かせていたような目で本物の虎を見ることも、無かった。

本物の虎は今日も、戦っている。
多すぎる魔物は相変わらず全滅する兆しはなく、だから村長や村の幹部から感謝されることも評価されることも無く、ただひっそりと、時に傷つきながら、目の前の尽きない敵を倒している。
でもそれがごく一部の村人だけでも、その為になるなら。どれほど敵が強大で、遠からず自分が傷つきすぎて倒れてしまおうとも。村の幹部から理解も協力も得られなかったとしても。
誰かが自分を必要としてくれるなら、その間くらいは。そこでずっと戦っていこう、そう思ったのだった。

最後はひとりで死に向かっていく決意のその虎の目の奥には、たくさんの寂しさと悲しさが、吸い込まれそうに黒くて深い闇のいちばん底に、とうとうと湛えられていた。