花々が咲き、緑が芽吹く1年で最も美しい季節春。
春麗らかな4月に、ジョージア州のオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブで毎年開催されるのが「ゴルフの祭典」マスターズである。
今年、この大会で勝利の美酒に酔いしれたのは、タイガー・ウッズだった。
メジャーでは、実に11年ぶりとなる優勝を遂げたのである。

私は、毎年この時期に目標にしていることがある。
それは、ゴルフのあらゆる大会の中で最も栄誉ある、この「ゴルフの祭典」を穏やかな気持ちで観戦することである。
なぜならば、それは即ち、仕事やプライベートで大きな悩みを抱えていないことを意味するからだ。
その安寧の中、名手たちのプレーに没頭できることほど、満ち足りた幸福な気持ちにさせてくれることはない。

そして、この大会を盛り上げるのは、世界中から招待されたゴルフの名人・達人である“マスターズ”だけではない。
生命の輝きに満ち溢れた美しいコースを背景に流れる、マスターズのテーマソング『Augusta (オーガスタ)』の心地良い旋律。
“Augusta, your dogwoods and pines~”というゴルフを讃える調べが「遥かなるオーガスタ」への郷愁を誘い、マスターズという大会の素晴らしさと往年の名選手たちを偲ばせる。

タイガー・ウッズの道程

1.栄光に彩られた日々

“新帝王”トム・ワトソンなどを輩出した名門スタンフォード大学を中退し、プロ転向した翌1997年、マスターズを21歳という史上最年少で制覇する。
しかも、その時のスコアは18アンダーで2位に12打差をつけての圧勝劇であった。
その後も快進撃を続け、2008年までにメジャー優勝14回を果たすなど、史上最強のゴルフ選手としての地位を盤石なものとする。
当時まだ30代前半だったこともあり、ジャック・ニクラウスのメジャー18勝を更新するのは時間の問題だと思われていた。

2.栄光からの転落

ところが、2009年に交通事故に端を発する不倫が発覚する。
このことが、タイガー・ウッズの転落の始まりであった。
その後、関係を持った女性が、続々と名乗りを挙げる一大スキャンダルに見舞われる。
もちろん、その中には売名行為の女性も含まれていたが、これによりスーパースターの名声が失墜した。

2017年には、大量の鎮痛剤の服用により飲酒運転と間違われて逮捕されるほど、意識が朦朧とした姿がお茶の間を騒がした。
コース上でのキリっと引き締まった表情や爽やかな笑顔とは真逆の虚ろな表情に、私も驚きを禁じ得なかった。

これら数々のスキャンダルに加え、度重なる膝と腰の怪我もあり、本来のゴルフとは程遠いものになってしまう。
ついには、ゴルフどころか歩行するのも困難になるなど日常生活を送るのもままならなくなり、ツアーからの長期離脱を余儀なくされたのである。

3.復活

2018年にツアー復帰を果たすと、徐々に全盛期を彷彿とさせるプレーを取り戻す。
全英オープンでは6位、全米プロでは2位になり優勝争いを演じたことが「とても自信になった」と語るウッズ。
そして、今年のマスターズで、ついに完全復活を遂げたのであった。

熾烈な優勝争い

タイガー・ウッズは初日を2アンダー、2日目は4アンダーで回り、トータル6アンダーと首位から1打差と好位置につける。
絶好の天候に恵まれた3日目は各選手がスコアを伸ばす中、ウッズも5アンダーの67でラウンドし、通算11アンダーで首位モリナリと2打差の2位タイで最終日を迎えた。
本来ならば、ウッズは最終組の1組前でプレーするのだが、最終組でのラウンドとなる。
これは、午後から嵐が近づくとの予報により、少しでも早く試合を終了させるために3人1組で回ることになったからである。
あくまでも結果論であるが、このことがウッズにとって幸いしたのかもしれない。

試合の流れが一気にタイガー・ウッズへと傾いたのは、アーメンコーナーと呼ばれる12番のpar3である。
一見すると、この12番ホールは距離も短くイージーホールにしか思えない。
しかし、グリーン手前にある池、絶妙な位置に配されたバンカー、池を嫌って奥に外すとブッシュが待ち構えるというように、様々な罠が張り巡らされているのだ。
その中でも、一番厄介なのが風である。
このホールの上空では、ティーグラウンドやピンのフラッグとは全く異なる風向きになることも珍しくなく、名手たちが幾度となくオーガスタの魔女の気まぐれに泣かされてきた。
まさしく、プレーする選手からすれば、ただ神に祈るしかない。

2打差の首位モリナリのティーショットが放物線を描きながら、まるでオーガスタの魔女に魅入られるように池に吸い込まれた。
ダブルボギーを喫したモリナリに、ついにタイガー・ウッズがトップに並んだ瞬間であった。
落胆の色を隠せないモリナリは、15番のチャンスホールでも池につかまり、優勝争いから後退してしまう。
それとは対照的に、ウッズはpar5の13番と15番で確実にスコアを伸ばし、5度目のマスターズ制覇へ向かって大きく前進する。

一時は、首位から1打差圏内に5人以上がひしめき合う混戦模様となる中、モリナリに代わり追い上げてきたのが、ブルックス・ケプカである。
さすがに、昨年、全米オープンと全米プロを連続優勝している実力者だ。
12番でダブルボギーを叩き、完全に優勝争いから脱落したと思われた。
ところが、次の13番でイーグルパットを捻じ込み、息を吹き返す。
何というタフな選手であろうか。
丸太のような二の腕から繰り出される力強いショット、どんな場面でもポーカーフェイスでプレーする冷静沈着さ。
メジャー3連覇がかかる大一番でも、決して揺るがぬ安定したゴルフ。
だが、最終ホールで、入れごろのバーディパットを外したのが痛恨の極みであった。
結局、そのパットが響き、1打届かなかったのである。

最終ホールを迎えたウッズは2打差のセーフティリードを活かし、無理せずこのホールをボギーでまとめ、見事にマスターズチャンピオンに返り咲いた。
これまでのメジャー14勝は、全て3日目に首位に立ってのものである。
今回が初めての逆転優勝であり、また一味違うタイガー・ウッズを見ることができた。
精神的にさらに一回り大きくなって、戻って来たように思う。

タイガー・ウッズの復活により、これからますます世界のゴルフシーンから目が離せなくなるに違いない。
困ったものだ…。
メジャー大会のたびに、また寝不足に悩まされる日々を過ごすことになるのだろう。

実は、少々意外だったことがある。
これだけの苦労の末、栄冠を勝ち取ったのだから、優勝を決めた直後にウッズは涙を流すのではないかと思っていた。
ところが、涙ひとつ見せずに、満面の笑みを浮かべているではないか。
もしかしたら、数々のスキャンダルや大怪我に見舞われ、すでに流せる涙は流し尽くしてしまったのかもしれない。
しかし、思うのだ。
涙のない、笑顔だけの復活劇も、また素晴らしいではないかと。

感動的な光景

優勝を決めた18番のグリーン上で、ウッズが喜びを分かち合ったのがキャディを務めたジョー・ラカバである。
この名キャディは、数少ないタイガー・ウッズの復活を信じ続けた男なのだ。
怪我で戦線離脱をして復帰の目途さえ立たないウッズが「他の有望な選手のキャディをした方がいい」と勧めても頑として受け付けず、ひたすら復帰を待ち続けた。
その信頼関係があればこそ、今大会の優勝に繋がったに違いない。
まさしく、二人三脚で掴み取ったマスターズチャンピオンの称号であった。

そして、もう一つ感動したのが、ライバルたちが示したタイガー・ウッズへの敬意である。
優勝争いを繰り広げた選手たちが整列して、コースから引き揚げるタイガー・ウッズを出迎えたのだ。
その中には、かつてのマスターズチャンピオンで還暦を過ぎたベルンハルト・ランガーが、グリーンジャケットを着ている姿もあった。
マスターズのフィナーレにふさわしい感動的な光景であった。
メジャー大会は何度も見てきたが、こんなシーンは初めてである。
今大会、ウッズと鎬を削ったのは、ほとんどが伸び盛りの20代~30代前半のプレーヤーである。
実は、彼らは子ども時代、タイガー・ウッズのプレーに魅せられゴルフの扉を開いていた。
自分たちの目の前で、往年の輝きを取り戻す幼少時代からの憧れのスーパースター。
そのことを心から喜び、讃える若者たちの姿に純粋なるものを見た気がした。

まとめ

最終ホール18番。グリーンに向かうタイガー・ウッズ。
大歓声のギャラリーに対し、深紅のウエアに身を包む稀代の名ゴルファーは、帽子のつばに手をやり感謝する。
そして、ついにその時を迎える「遥かなるオーガスタ」。
タイガー・ウッズのパターから放たれた白いボールは、吸い込まれるようにカップに落ちる。
その瞬間、この日一番の割れんばかりの大歓声がグリーン上を包み、両手を天高くあげ喜びを爆発させるタイガー・ウッズ。
この光景を世界中のゴルフファン、いや、ゴルフにさほど興味の無い人々も待ち望んでいたのではないだろうか。
実に2005年以来14年ぶりとなる5度目のマスターズ制覇であった。
それは、あまりにも長かった旅路からの王の帰還でもあった。

1997年、弱冠21歳の若さで初優勝を遂げたウッズを真っ先に出迎え、固く抱き合った父アール氏はそこにいない。
しかし、タイガーコールが鳴り止まぬ中、固唾を呑んで見守っていた息子を皮切りに、娘や母親と熱い抱擁を交わしていく。
初優勝から22年という、長い歳月が過ぎ去った事実を思わずにはいられなかった。
と同時に、様々な苦難を乗り超え達成した、スポーツ史上最大のカムバックといえる偉業に心から感動した。
最後に、栄えあるグリーンジャケットに袖を通したタイガー・ウッズに、どうしても言いたいことがある。
「おめでとう!タイガー!」

 

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