女子に引き続き、戦いの幕が切って落とされた男子フィギュアスケート世界選手権。
羽生結弦が4ヶ月ぶりにリンクに戻って来ることに加え、地元日本での開催ということもあり大変な盛り上がりを見せた。
もちろん、四大陸選手権を制した宇野昌磨への期待も大きな要因だったに違いない。

しかし、今大会で私が最も印象に残ったのは、何といってもネイサン・チェンである。
グランプリファイナルの連覇に続き、世界選手権でも連覇を果たした10代の若き王者の滑りに深い感銘を受けたのだ。
10代で世界選手権を連覇したのは、羽生結弦の憧れの選手“皇帝”プルシェンコの永遠のライバルであったアレクセイ・ヤグディン以来であり、21世紀に入ってからは初となる快挙である。
この世界屈指のクワド(4回転)ジャンプの名手を中心に、ファンを魅了した白熱の戦いを振り返る。

ネイサン・チェンとは

今大会の有力選手の中で、羽生結弦と宇野昌磨については今さら紹介するまでもないだろう。
これら日本人選手の手強いライバルとなったのが、“史上最強の4回転ジャンパー”ネイサン・チェンである。
チェンは、1999年5月5日に生まれた中国系アメリカ人である。
フィギュアスケートの世界的名選手というだけでなく、名門イェール大学に通う秀才という顔も持つ。
したがって、学業の合間を縫って練習に励み競技生活を送っている。
とはいえ、アメリカ東海岸のコネチカット州にあるイェール大学は、練習拠点であった西海岸のカルフォルニア州からは遥か彼方の位置にある。
そんなネイサン・チェンに変わらぬ支援を約束し、心の支えとなっている恩師がコーチのラファエル・アルトゥニアンである。
遠く離れた大学への進学を決断したネイサン・チェンに「私は、どんな時も彼の味方であり続ける」と心強いエールを送った名伯楽。
その人物こそ、ラファエル・アルトゥニアンなのであった。

私が初めてネイサン・チェンのことを知ったのは、平昌オリンピックの少し前である。
18歳という若さでグランプリファイナルを制し、“4回転の貴公子”と呼ばれるこの青年は、アクセルを除く全ての4回転ジャンプを跳ぶという。
怪我をした羽生結弦に代わり、一躍、オリンピック金メダルの最有力候補となる。
しかし、アメリカのマスメディアを中心とする過剰なまでの期待は、あまりにも18歳の若者には酷であった。
ショートプログラムでは重圧に押し潰され、全てのジャンプを失敗するなど、本来の滑りとは程遠いものとなってしまう。
その結果、首位羽生結弦とは約30点差の17位と大きく出遅れた。もはや、優勝どころかメダルすら絶望的である。

ところが、翌日のフリースケーティングでは、見違えるような演技をする。
8本のジャンプのうち、6本を4回転にする超高難度のプログラムで挑む“4回転の貴公子”。
4回転フリップだけ僅かに手をついた以外は、残り7本のジャンプを決める圧巻のパフォーマンス。
しかも、5つの4回転ジャンプを成功させたのはオリンピック史上初の快挙であり、8本全ての要素点が10点超えというおまけつきである。
フリーだけでいえば羽生結弦に約9点もの差をつけるという、圧倒的な実力を世界中に知らしめた。

その偉業を見ていた私は、ネイサン・チェンという18歳の若者に、ある偉大なフィギュアスケーターを重ねていた。
そのフィギュアスケーターとは浅田真央である。
彼女もまた、ソチオリンピックのショートプログラムで大失敗し16位でスタートするも、フリースケーティングでは究極ともいえる渾身の演技で総合6位まで巻き返したのだ。

平昌オリンピック開催当時、私はマスコミの報道姿勢に対し疑問を覚えた。
浅田真央のときは大々的に報道したにもかかわらず、ネイサン・チェンの偉業には触れなかったからである。
たしかに、大怪我を乗り越えた羽生の奇跡のオリンピック連覇や、宇野昌磨の銀メダルは素晴らしい。なので、そちらにスポットが当たるのは当然であろう。
だが、ネイサン・チェンのフィギュアスケート史に残る偉業も、少しは報道すべきではないだろうか。
いずれにせよ、ひねくれ者の私の記憶にネイサン・チェンという若者の名前が刻まれたのであった。

表彰台争い

ショートプログラムでは2位以下が大混戦となり、宇野昌磨は6位と予想外の苦戦を強いられる。
フリースケーティングでもジャンプの転倒などがあり、4位と表彰台を逃がすほろ苦い結果となった。
「結果にこだわりたい」と公言して臨んだ今大会を振り返る宇野昌磨。
「納得ができない滑りになってしまい、自分自身にがっかりしている」という言葉が、彼の失望の大きさを端的に表わしているのではないか。
だが、ベートーヴェンの月光の調べにのせた宇野のフリーは、とても美しく感じた。
怪我に苦しみながらも今シーズンを滑り切った宇野昌磨には、お疲れ様という言葉で労いたい。

そして、私がネイサン・チェンの次に印象に残ったのが、銅メダルに輝いたヴィンセント・ジョウである。
昨年の平昌オリンピックで6位に入り、四大陸選手権でも3位という成績を収めた彼は、まだ18歳の伸び盛りである。
落ち着いた雰囲気の彼は中国系アメリカ人ということもあり、一見すると昔のカンフー映画に出てきそうな風貌である。
安定した滑りに加え、4回転ジャンプもそつなくこなすヴィンセント・ジョウの成長は、男子フィギュア界に新しい風を吹き込むに違いない。
今後の更なる飛躍に期待したい。

羽生結弦の演技

羽生結弦にとって悔やんでも悔やみきれないのが、ショートプログラム冒頭の4回転ジャンプがすっぽ抜け、無得点になってしまったことだろう。
その後は、さすがの演技を見せるも、首位ネイサン・チェンとは12.53点差をつけられ3位と出遅れる。
その瞬間、私は思った。「この後、いくら羽生が素晴らしい演技をしたとしても、彼が優勝してはいけない」と。
なぜならば、スコアで0点が付いても優勝するということは、実質ジャンプが1本少ないプログラム構成で勝つことを意味するからである。世界選手権という頂点を決める最高レベルの大会で、それではあまりにも周りの選手が情けないではないか。
もし、それでも勝つということは、ハナから勝負にならないほど実力差があることの証左に他ならない

フリーでの演技は、観衆を惹きつける羽生ならではのパフォーマンスに感じた。
しかし、4回転サルコウが乱れ、ステップシークエンスでもレベル4を取りこぼしてしまう。
若干違和感があったのは、完璧な滑りを目指す妥協なき王者羽生結弦がミスを2つ犯したにもかかわらず、演技終了直後に見せたあの表情である。
一部のアンチには“ドヤ顔”と言われているらしいが、果たしてあそこまでの表情をするほど、羽生自身納得がいった演技だったのだろうか。
それにしても、羽生結弦の存在感は改めて凄いと感じた。
完全に会場全体を掌中に収める吸引力。底知れぬ魔力のようなオーラすら感じてしまったのは、私だけであろうか。

ネイサン・チェンの演技

今大会のチェンは、ノーミスの完璧な滑りをみせる。
得意のジャンプ等を採点する技術点でぶっちぎりの得点だったのみならず、表現力などを問われる演技構成点でも羽生結弦に迫る得点を出すなど、他の追随を許さぬ独走劇であった。
終わってみれば、2位羽生に20点以上もの大差をつけていた。
「たとえ、自分がノーミスで滑っても勝てなかった」と羽生結弦に言わしめるほどの充実ぶりが際立っていた。

試合を観ていて、ネイサン・チェンの特筆すべきことは2点ほどあると感じた。
1点目は、昨シーズンまで苦手としていた3回転アクセルを克服するどころか、プラス3以上の加点をもらえるレベルにまで仕上げてきたことである。
どれほどの修練を積んできたのか、私などには想像も出来ないチェンの努力。
2点目としては、フリーでの演技で見せた驚異の精神力である。
直前に滑り終えた羽生への割れんばかりの歓声と熱狂が充満する埼玉スーパーアリーナ。
そして、大量に投げ込まれたプーさん人形の回収もあり、演技まで長時間待たされてしまう。
その異様ともいえる雰囲気の中、冒頭で4回転ルッツの大技を冷静に決めるネイサン・チェン。ある意味、ここで勝負あったのかもしれない。
羽生一色となる完全アウェイの状況下でも、揺らぐことのない心の強さに私は感動した。
平昌オリンピックのショートプログラムでプレッシャーに押し潰され、内なる自分に負けた青年。その彼が、挫折を乗り越え一回り大きくなって戻ってきたのである。
何よりも、そのことが素晴らしいではないか。
“史上最強の4回転ジャンパー”の称号は、ネイサン・チェンこそ、ふさわしい。

まとめ

アリーナ・ザギトワやネイサン・チェンをはじめ選手たちが口にしたのは、会場の素晴らしさや観客の応援に対する感謝の言葉であった。日本人特有の細やかな気配り、そして温かい声援が選手たちを後押しする。
だからこそ、これほどまでに素晴らしい戦いになったのであろう。

宇野昌磨や羽生結弦にとっては、悔しい大会だったかもしれない。
しかし、来シーズン以降、この悔しさをバネに心技体の全てにおいて成長した彼らの姿を見ることが出来るはずだ。
ネイサン・チェンが、そうだったのだから。

 

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