愛があれば○○なんて。愛なんてなんの意味もない。
愛についていろんな格言や明言があります。愛とはいったいなんなのでしょうか。
愛はどのように生まれ、ひとのこころに育つのでしょうか。
愛についてのあるエピソードをご紹介します。

子どもを育てるとき、愛を注がなければ愛を知らないひとになる。
そんな話を聞いたことがあるのではないでしょうか。われわれは知らないものを体現することはできません。愛を知らない人間になればすなわち、愛を与えられないひとになり、ひいてはひとから愛されないひとになる。そんなことにならないための子育てのひとつの指針として言われる言葉でしょう。

愛を教えてくれたある人のこと

わたしは、ある彼に出会うまで男女の愛についてなにも知らないひとでした。
彼は名前を仮に田代さんとします。田代さんはわたしよりひとまわりほど年上のひとでした。強面の親分肌で、男性には厳しく、女性には優しいそんなひとだったと思います。
彼についてわたしが知っているのはこれくらいです。それ以上、田代さんは自分から話すことはありませんでした。
周りのことより自分のことのほうに気が向きがちだったわたしは、田代さんの境遇について自分から尋ねることはしませんでした。
田代さんは出会ったときからわたしを愛してくれていました。
出会った瞬間に愛が芽生えるか?そう考えるとおかしな話です。しかしながら、田代さんが、出会ってから、別れるまでわたしに向けていたものは「愛」というもの以外に表しようがありません。

「愛」は育てるものだといいます。それはもちろん正解でしょう。しかし世の中には言葉で説明できない、ただ出会った瞬間に愛してしまうこともあるのです。そういうものをひとは運命とか、縁とかそんな言葉をあてはめるのかもしれません。

田代さんは、わたしのわがままも、とんでもないおふざけも「うん。」という一言で許してきました。
あるときは、夜遅く田代さんの自宅から車で片道1時間以上かかる場所まで迎えに来てほしいとわたしは言いました。
またあるときは、田代さんがわざわざ予約してくれたレストランの食事を半分以上残してしまったこともありました。
それでも田代さんは「うん。」とだけ言って黙ってわたしに従っていました。

わたしは、田代さんはわたしに惚れているのだからその行為を当然のものとして受け流していました。申し訳ないとも、ありがたいとも思わず当たり前として流していたのです。

「ひどいことするなあ。」あるとき彼はポツンと言いました。わたしはその言葉すら受け流しました。田代さんはそれを別段責めるでもなく、また淡々とわたしを愛することを続けていました。

そんな関係から2年ほどたったころ、田代さんはある災難に見舞われます。仕事がうまくいかず、しばらくこの地を離れ、知人の仕事を手伝うことになりました。行く先は、とても遠い場所でした。
「一緒に来てほしい。」田代さんは言いました。この二年間で田代さんからわたしに向けられた初めての「お願い」でした。当時、仕事が軌道に乗り始めていたわたしは、考える間を持たず断りました。
「待っていてほしい。」田代さんからの二回目のお願いでした。わたしはあっさり断りました。期限のない「待つ」などわたしには時間の無駄にしか思えなかったのです。
田代さんは、何も言いませんでした。わたしを責めることは一切せず立ち去り、二度と連絡を取り合うことはありませんでした。

田代さんが立ち去ってから、わたしはいくつか恋をしました。しかし、田代さんに出会う前と後では自分の中の何かが変わってしまっていることを認めないわけにいきませんでした。
楽しいデートや、ラインのやり取り、それらは単なる「楽しいこと」で、「愛」ではありませんでした。わたしは田代さんが残した、「愛」にまとわれて、ぶら下げて、それを求めてさまようことになったのです。

新しい出会い

そんなことを繰り返し数年が経過したころ、わたしはある別の男性と知り合いました。仮に彼を沢さんとします。彼は田代さんと同じ年頃で、体格の良いシャイな男性です。沢さんに出会った瞬間、なんとわたしは彼を愛し始めたのです。
それは自分でも初めての体験でした。出会ったそのときから彼を愛し始め、彼の喜ぶ様子を見ていたいと願っていました。
沢さんは私のことを憎からずと思っているようでした。しかし、結局のらりくらりとわたしの想いを交わし、しかしつれなくするでもなし、そんな関係のお付き合いが続きました。

沢さんと出会いわたしには大きな変化がありました。それは、「別れ」を考えなくなったということです。以前のわたしは、何かいやなことがあると、「もう別れようかな。」という思いが頭をかすめていました。
いやなことというより、気に食わないことがあると自分のなかに別れをちらつかせていたのです。そのおかしな「クセ」のようなものを、やめようとさえも以前は思っていませんでした。
のらりくらりとした沢さんを愛したわたしは、別れることも頭には思い浮かばないそんなひとになっていました。

そうして、一年半がたったころ沢さんはぽつりとつぶやきました。
「なんで、そうまでしてくれるの?」
その瞬間、わたしは頭が真っ白になりました。わたしの愛が迷惑であると言われたような気がしたのです。沢さんと出会ってから初めてわたしは、「別れ」を感じました。
押し黙るわたしに沢さんは、めずらしく言葉少なにとりなしました。頭が真っ白のまま、「別れ」の気持ちと同居したまま、数日が過ぎました。

そうするうちに、わたしの頭にふと「沢さんは、愛を知らなかったのだ。」という思いが浮かびました。
田代さんに愛されたわたしが、その愛を失うまでそれを愛と知らずにいたように、沢さんもまた、愛を知らず、失いそうになった今それに気づきかけているのだと。
失ってからではなく、失いそうな段階で気づくだけわたしよりマシかもしれない。そう考えると、彼に対して妙なプライドからの腹立たしさでいっぱいな自分が滑稽に思えてきました。
沢さんに久しぶりに連絡すると、あきらかにほっとしたように、そしていつも通り素っ気ない対応でした。
その様子に、彼がかたちのない愛の正体に気づき始めているのだと不思議と確信しました。

愛を廻す、ということ

世の中にあふれる「愛」のかたちは様々です。親子間の愛、男女の愛、子弟間の愛、、。
ひとは、生まれて最初に手に入れる親子間の愛をベースに様々な愛を築いていくのではないでしょうか。
しかし、ひとには得手不得手があり、敏感なひともいれば、そうでないひともいます。
親からの愛情を存分に受けたにもかかわらず、その後の愛に鈍感なひともいるでしょう。逆に、親からの愛情が薄かったのに、深い慈愛の情をなにかにつけて持てるひともいます。
愛は愛されることだけに意味があるのではなく、愛することにも意味があります。そして、愛することの意味の一つが、ひとに愛とはなにかを教えることだともいえるでしょう。

さまざまな愛を受けながら、愛に鈍感だったわたしは、田代さんに出会ったことで愛を学びました。そして、つぎに沢さんにその愛を伝えるという役目を果たしたようです。
人生の学びは、めぐりまわります。
人生にはときに非情とも、意味がないとも思えるできごともあります。しかし、すべてのことには意味があり続いているのだとしみじみ思わないわけにはいかないできごともたくさんあります。
人生でおこったものごとの意味は、受けとめるだけでは完結せず、だれかにそれを廻してはじめて意味がわかることがあるように思います。

人生は、周り廻ることで学びながら続いていくものなのでしょうか。
受け止めた愛を次に廻したとき、わたしは自分がここに存在する意味を思わずにはいられませんでした。
わたしの廻した愛は、今もきっとこの世のどこかでつながり、つぎの愛を生み出しているにちがいありません。