大阪の渡船

昔から水の都と呼ばれる大阪は、大小の川、堀、運河が市内を巡り、水運が盛んでありました。地名に「橋」の付く場所が多く存在します。今は、川や運河も埋められ、名前だけが残っている状態にあります。私は小、中、高、大学と、市内西区で居住しておりましたので川や運河が多く存在していた記憶もあるのです。新しい橋などが架けられる中で、今でも通勤、通学、通院、買い物などに供するため、かつては数十カ所で運行されていました渡船は、市内で唯一残る8カ所の市営渡船(人と自転車のみ乗船可能で無料)が健在するのです。とくに川と運河に囲まれた大正区は橋か船を利用しないと行き来できず、8航路のうち7つが大正区を発着しております。今回はその渡船を巡ってみましたので、失敗も含めてその感想をコメントします。。

行程と印象

交通機関(地下鉄、バス)からかなり離れている所も多く、サイクリングで巡る人が多いのです。私はバスを使いながら徒歩で巡る計画を立ててみました。大阪市内に関しては、ある程度の知識や過去の見聞もありましたので地図を見ながらの行程には不安はありませんでした。ただ、市バスの時間を調べることに手を抜いたため、後で触れますが大変な肉体的疲労と時間のロスを負うことになったのです。では、なぜバスと徒歩のみで行程を組んだのかということですが、大阪メトロは
(地下鉄、シテイーバス、ニュートラムが一日乗り放題の「エンジョイ・エコカード」)を発売しており、平日は大人800円、土日休日は600円(小人は半額いずれも半額)という非常にお得なカードです。これを利用しながら巡ってやろうと意気軒高。この日の天候は曇天、午後は小雨がパラつくかも知れないという予報でしたから、折りたたみ傘と自分なりに作成した行程表、地図のコピー(不鮮明でしたので失敗)を携えて江坂の自宅を午前10頃に出発し(地下鉄江坂駅)に直行、カードを購入して(梅田駅)まで乗車しました。次は(大阪駅前)からバスで(西九条駅前)まで順調に進みましたが、西九条駅前で桜島方面への乗り継ぎが拙く、40分の待ち時間となりました。
これは大変な時間のロスと考え、急遽(西九条駅)からJRに乗車変更をして(桜島駅)に到着。駅から徒歩10分で「天保山渡船」に到着しました。この渡船は此花区桜島と港区天保山を結び、川幅400メートルの安治川河口を渡ります。外国人客が多く目立ちましたが、理由として此花区には(ユニバーサル・シテイー・ジャパン)があり、天保山には(海遊館)がありますので交通の便として重宝なんでしょう。自転車を伴った外国人客も港区側から7~8人下船して来ました。天保山についてからはバスを利用して次の渡船場へ向かいました。ここでもバスの待ち時間が50分となり、やむを得ず徒歩で目的地に向かいました。初めての場所ですから地図上でしか分からないので、多分この方向へ進めば良いだろうという思い込みで歩いたため大失敗に陥りました。全く見当違いの方向に向かっていたのです。グルグル周りを繰り返した結果、途中の工場で聞き込みましたところ正反対の方向におりました。50分待ちでも最初からバスに乗車していれば足を使わず最寄りのバス停に楽に到着していたのですから、ここで疲労感が少し出ました。結局は50分後のバスに乗車する羽目となりましたが、50分間をウロウロ歩き回っていたにすぎないのですから恥ずかしい限りです。失意の中で到着したのは「甚平衛渡船」です。この渡船は港区福崎と大正区泉尾を結び、川幅94メートルの尻無川を渡ります。泉尾の住宅街を抜け、次なる渡船場の最寄駅まで行こうと思いバスの時間を見ますと、またしても30分の待ち時間にぶつかってしまいました。しかし、最寄駅までは二駅目で、迷うことのない一本道です。再び歩くことを決意して時計を見ますと午後2時前になっておりました。渡船場を探すのに必死でありましたから昼食をとるのも忘れておりました。ここでランチタイム休憩です。中華料理店で焼きそばを食べてエネルギ―を補給し、次なる渡船場に向かいました。到着したのが「千歳渡船」です。この渡船は大正区新千歳と大正区船町を結び、川幅371メートルの大正内港を渡ります。長さ365メートルのアーチ橋「千歳橋」に沿って渡船が運行されております。「千歳橋」には人道も整備されておりますが、大型船舶が行き来できるように川面からの高さが30メートルもあります。そのため徒歩や自転車では上りの坂がきつく大変なのです。やはり渡船がどうしても必要なんですね。広々とした内港を渡りますと気分も爽快になりました。船町側は静かな佇まいの工場群で、大正区の南端であるという雰囲気が漂っておりました。渡船場から歩いて数分でバス停に到着、今度は待ち時間も10分と短く済み、乗車して渡船場最寄
りのバス停まで約5分で着き、そこから歩いて数分、「船町渡船」に到着しました。この渡船は大正区鶴町と大正区西船町を結び、川幅38メートルを渡ります。川幅38メートルですから対岸はすぐ目の前です。乗船客は私一人で、大名気分の貸し切りですが乗船時間が3~4分。船町側に着きますと数分でバス停。ここから乗車一つ目で目的の渡船場近辺に着きます。数分程度歩いたところが「木津川渡船」です。この渡船は大正区船町と住之江区平林を結び、川幅238メートルの木津川河口を渡ります。住之江側の平林地区は木材団地で、材木商の工場が並んでおりますが、ここでまたまた失敗してしまいました。次なる場所へ向かうのに乗るべきバス停のある道を間違え見当違いの場所に行き着いたのです。歩くこと30分、ニュートラム(平林駅)へ着いてしまったのです。そこから(住之江公園駅)に出て、地下鉄に乗り換え(北加賀屋駅)で下車、やっと目的地最寄バス停まで行くバスに乗り換えました。乗ること15分、(南津守)のバス停で下車して数分歩きますと目の前に千本松大橋が飛び込んで来ます。この橋は両端ともループ状の坂になっており、カーブを切りながら上り下りをしなければならない橋なのです。川面からの高さは約30メートル、下から見上げると雲を突く高さに見えます。人や自転車は坂がきついので渡船が必要なのです。その橋の下にあるのが「千本松渡船」です。この渡船は西成区南津守と大正区南恩加島を結び、川幅230メートルの木津川を渡ります。すでに午後5時30分を回りましたので、後の二つを残し帰路につきました。自宅へ戻りましたのが午後7時過ぎですから疲れがどっと出て、おもわず玄関にへたり込みました。

終わりに

バス時間のしっかりとした下調べの手抜き、長い距離を徒歩で向かった無謀さ、渡船の出航時間を掴んでおくことの大切さを失念・・・大失敗の結果、木津川にかかる「千本松渡船」の上流にある「落合上渡船」と「落合下渡船」は夕暮れ時となり時間的に巡れませんでしたが、再度挑戦したいと考えております。今回は下調べを兼ねた行程になりましたが、ある程度の情報を掴んでおりますので、次回は巡るコースを再検討しながら効率よく行きたいと考えております。それにしても随分の距離を歩きました。4年前の(食道がん除去の大手術)以来、今回ほどの長い距離を歩いたことがありませんでしたから、体力が回復していることを実感した次第です。さすがに就寝する時は足のふくらはぎがパンパンに膨っており、自分ながらによく頑張ってくれました脚に感謝です。この計画は夏季に実施しようとしておりましたが、今年の異常な暑さを振り返りましたとき、熱中症で倒れていたかも知れないと考えると恐ろしくなってしまいます。さて、東京や横浜の渡船が市街地から姿を消してしまいましたが、いまだ大阪に8カ所の渡船が残るのは、橋や道路、港湾施設の整備を巧く配置できなかったと言われております。しかし、大阪の渡船はあくまでも重要な日常の足であります。観光スポットでもありませんが、渡船に自転車を乗せることが可能であるという点を捉え、サイクリングコースの一環として脚光を浴びて欲しいと思います。どの渡船場も周辺は大きい工場が立ち並び、造船所の偉容さが目立ちます。丁度、帰宅途中のバス停でバス待ちをしておりますと、たぶん仕事を終えられたのでしょうか、作業服を着た工員風の方が自転車に乗って渡船場に向かう姿を目にしました。都会の隅にポツンと存在する昼間の渡船ばの待合所には買い物に向かう主婦の姿や、颯爽と自転車で駆けつける学生さんの姿もあり、爽やかな川風と、ひなびた静寂感がありました。このコメントで50本目になりますが、1本目がアウトドアである「鉄道撮影に関するもの」でした。50本目もアウトドアだと決めこんで「大阪渡船めぐり」にしました。鉄道写真の方は11月に入りますと、紅葉をバックに走るローカル電車を撮りに行く予定です。11月に満79歳を迎えますが、まだまだ頑張るぞとの意気軒高気分でおります。