どっちにしますか?

友人が勤務する介護施設にて。
「もう一度結婚するとしたら、絶世の美人で料理がめちゃめちゃ下手な女性か、ものすごく恵まれない容姿の超料理上手の女性かどちらが良い?」
という話題で盛り上がったそうです。
高齢である利用者の男性陣と中年以降の介護スタッフは、全員が即答で
「恵まれない容姿の超料理上手。」
を選択。若いスタッフはいつまでも答えが出せずぐずぐずと迷っていたらしいですが。
その話をしてくれた友人はアラフィフの既婚男性。彼は料理上手で魚をさばくくらいお手の物。自ら腕を振るい高級居酒屋のような食卓の写真をSNSにアップしているような人です。
「自分で作れるのだから、料理のできない美人でいいのでは?」
と聞くと。
「若いころはそう思っていたけれど。もう一度選ぶなら‘料理上手’は必須だな。」
とのこと。
ここには、人間が最終的に求める大切なことが隠されているようで深いなあと感心しました。

料理上手の意味

料理上手とはいったいどういう人をイメージして即答したのでしょうか。
ここではキッチンは女性のものだけではないという男尊女卑の議論はいったん置いて考えます。
自分にとって美味しい料理を整えてくれるということは、好みを理解し健康を思うという行為がその向こうにあります。
ローストビーフやフランス料理が得意でも、それだけでは料理上手とは言われません。
宴席の続いた後にはあっさりとした和食。最近、残業続きでゆっくり食事が取れていない時には簡単でもしっかり栄養の取れるもの。そんな気遣いのある料理ができる人が料理上手さん。
レストランや料亭のような食事でなく、時に手がかかってないものであったとしても相手も自分も健康で美味しいものを食べていたいという思いがみえるのが美味しい家庭料理。
そんなほっとする料理が生まれる前提には相手への思いやりが流れています。
この食事を口にする人が健康であるように、楽しく美味しく食事が楽しめるように、そんな優しさが詰まっているのです。
加えて、料理をするには経済観念も要求されます。お金に糸目をつけずに美味しいものを作るのはある意味難しくありませんが、適切な予算でやりくりをしておいしいもの作るのが料理上手。
人間としての優しさと、ある程度の料理の腕、経済観念、そして何より相手を思いやる気持ち、これら全てを兼ねそろえてこそ得られるのが「料理上手」の称号であり、この偉大な総合力の前では絶世の美女も及ばないということです。
好きなタイプ「料理上手な人」という男性は、これらを悟っている人ということになりそうです。

料理を馬鹿にしないで

いつだったかある男性に食事に誘われご一緒しました。多分、多分ですがその男性は私のことを「憎からず」と考えていたと推測します。多分ですが。
その彼が尋ねてきました。
「得意料理はなんですか?」
私はちょっと考えて
「特に何が得意とかはありませんが毎日夕食を作っていますので一通りはできますよ。」
それに対し驚いたように
「一通りなんて、そんなわけないでしょう。」
意味が分からず返事に困っていると
「夕食の準備にはどれくらい時間をかけるのですか?」
と再質問。
「そうですね。仕事の合間で作るので1時間足らず、40~50分くらいでしょうか。」
彼はグラスを傾けながら
「ま、普段の夕食ならそれくらいでもよいですね。」
その瞬間、「この人とは今後ないな」と冷めてしまいました。
もしこれがお見合いで何か断りに理由が必要なら「価値観の違い」とでも答えましょうか(笑)
彼が求める夕餉の食卓の内容がどのようなものかはわかりません。
しかし、例え一汁一菜の食卓であっても毎日、毎晩であればその準備はかなりの重労働です。
仕事の傍ら、献立を考え、買い物をし、1時間かけて料理を作る。
「それくらい‘でも’よい」とは、なんたる暴言!と帰り道私は一人憤慨しておりました。
男性が料理上手を必須条件に挙げるのであれば、私の方は「家事の労力とそこに込めた思いを理解してくれる人」というのを必須条件にしようと密かにメモしたりして。
男性が疲れて帰った食卓に毎晩コンビニ弁当が置かれていたら心が折れるように、女性は、時間をやりくりして作った料理を軽視されることに悲しみを覚えるのでしょう。
それぞれのこの悲しみの要因は、相手の思いやりの欠如を目の当たりにするからであり、自分が大切にされていない、心が通じないとしみじみ思うからであろうと推測します。

お母さんのようなレストラン

話しは少しそれますが、我が家から車で30分ほど先にあるレストラン。食堂というほうがその雰囲気に相応しいようなお店があります。
そこの看板には堂々と「うどん、蕎麦、寿司、洋食、和食、コーヒー」といずれも同じ字体、即ち並列で書かれています。
大きな声では言えませんが、こういう的を絞れないお店は総じてマズイ。というのが定説ですが、ここは違うのです。なんと、何を食べてもおいしい。
近所に住む知人たち誰もがそのお店を知っていて、その誰もが家族みんな美味しいというお店だといいます。
ネットの評価を見ても住宅街のはずれにある「ザッツ食堂」とは思えぬ高評価。
「月に一度は利用します。」
「世代を超えて楽しめるので、母と息子夫婦、孫を連れて伺います。」
など口コミでも大人気。
一番すごいのは
「大病を患い数か月入院していました。退院して一番にこのレストランに駆け付けました。」
というものまで。
なんたる吸引力。これは同じ客商売をするものとして秘訣が知りたくてたまりせん。
こちらのレストランの特徴は、一押しメニューはないけれどどれも平均的に美味しいということ。
何を頼んでも概ね失敗がありません。いうなれば、毎日食べても飽きない「お母さんの料理」のような感じなのです。
こんなに贅沢が味わえてなんて幸せなのだろうと感動する星付きレストランよりも、近所にあって欲しいのは、何でもおいしいお母さん食堂なのではないでしょうか。
贅沢をするとき、次はあちらのお店に行こう、その次はこちらと目移りし時に冒険もしますが、安定を求めるときには絶対に安心できるお店に帰ってくるというのが多くの人の心理ではないかと私は勝手に推測しています。

とどのつまりは

ずっと変わらず関係が続いていくためには、そこに安心感があるというのが一番のポイントであると考えます。
新しいレストランが次々にでき、興味を持ってあちこちいってみたけれど最終的に何度も通うのは、安心と安定のあるこのお店。他のお店のことはともかく、このお店がなくなったらかなり悲しい、なんて思ったりします。
それはパートナーを選ぶときにも同じこと。
容姿の美しさやセンスの良さには一瞬は惹かれ魅了されるけれど。結局、帰って行きたいのは、自分好みの味付け、体調を考慮した献立を手際よく変わることなく作ってくれる相手のところ。
言い換えれば思いやりを持って自分を信頼して待っていてくれる人のいる場所。
そのような場所、相手を持っているというのは大変幸せなことであるということを、「料理上手な女性がよい」という男性たちは知っているのでしょう。
女性が男性に求めるのも、変わりゆくことを変わらぬ安心感で受け止めてくれる姿勢です。
絶世の美女やハイスペイケメンより安定感。人生経験を積んだ結論、迷わずこっちを選びます。

 

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