小型潜航艇とは、通常の潜水艦よりも小さな船体をもつ潜水艦のことで、英語ではMidget submarine(ミゼット・サブマリン)といいます。
現在では、民間での海底調査用などに使われたり、軍用としては北朝鮮が工作員を上陸させるのに使用するなど特殊部隊の上陸用に使用されることのある小型潜水艦ですが、兵器としての小型潜水艦が最も多く使われていたのが第二次大戦でした。
魚雷が実用化されると、1本でも大型艦を大破させる威力をもったこの兵器を小型の潜水艦に搭載して対艦攻撃を行うという発想が生まれてきます。
小型潜水艦には他にも、潜水艇に乗ったダイバーが敵艦に爆薬を仕掛けるタイプもありました。
小さな潜水艇1隻で戦艦や空母といった大型艦を沈めることができれば絶大なコストパフォーマンスを発揮できる兵器になるため、大きな期待がかけられました。
このため、特に日本やドイツといった枢軸国を中心に小型潜水艦が多数開発され、実戦に投入されました。
ここでは、小さな体で奮戦した日本・ドイツ・イタリア・イギリスの小型潜水艦を紹介していきます。

甲標的(日本)

日本海軍で開発された甲標的は、巨大な魚雷のような外観をもつ小型潜航艇で、港湾への侵入や輸送船への攻撃に使用されました。
アメリカ海軍に対して劣勢を意識していた日本海軍では太平洋を攻めてくるアメリカ艦隊に攻撃をかけて戦力を削ぎ、艦隊決戦を挑むという漸減作戦を構想しており、甲標的はそのときの海上魚雷発射台として、酸素魚雷の開発に携わっていた岸本鹿子治(かねじ)大佐によって考案されたものです。
甲標的は、全長23m、2人乗りの潜水艇で、魚雷2基を搭載することができます。
母艦との連絡用に電話を搭載され、艦首には防潜網を切断するためのカッターがつけられることもありました。
もとは大海原で使うことを想定して甲標的は、船体のわりに旋回径が軽巡洋艦なみに大きくて小回りが利かない、初期型は後進することができないなどの欠点もかかえていました。
甲標的は、潜水艦に搭載されて発射されるほか、甲標的母艦を建造する計画もありました。
最初の甲型から電池と発電機を改良した試作タイプの乙型、乙型の量産型で乗員が3人となった丙型、本土決戦用に開発された丁型「蛟龍」の4つのタイプが建造されました。
最終型の蛟龍では、乗員も5名になり、船体も大型化して航続距離が伸びただけでなく、無線のほか、艦内に冷房やトイレなどの設備が設けられるなど、大きな改良が施されました。
甲標的は、魚雷開発で用いられる技術を活かして作られたもので、こうした兵器が欲しいという軍の要望ではなく、技術者側の自分たちのもっている技術を使えばこういった兵器を作ることができますよという提案によって生まれた兵器です。
そのため、甲標的は兵器が出来上がってからどこで使うかが考えられ、甲標的の特性が海軍によく理解されていなかったこともあって、真珠湾をはじめとする港湾への侵入作戦といった、本来の甲標的の想定とは違った、しかも狭い湾内に入り込むという小回りの利かない甲標的にとって不得手な任務へと投入されました。
甲標的は真珠湾やシドニー湾のほかガダルカナルやフィリピンなどでも使用され、マダガスカル島ディエゴスワレスでイギリス戦艦ラミリーズを大破させたように、時には大きな活躍をみせることもありましたが、その多くは犠牲ばかりが大きく戦果は微々たるものでした。

ゼーフント(ドイツ)

ゼーフントはドイツ海軍が開発した小型潜航艇で、正式名称はUボートⅩⅩⅦB型と呼ばれます。
イギリスの小型潜航艇Xクラフトの攻撃によって戦艦ティルピッツが大きな損傷を受けたことにより、ドイツ海軍でも小型潜航艇の開発が進められることになりました。
UボートⅩⅩⅦ型は、A型の3人乗りで魚雷1基または機雷1基が搭載可能な潜航艇ヘヒト(カワカマス)とB型の2人乗り魚雷2基を搭載できるゼーフント(あざらし)の2つに分けられます。
ヘヒトが性能的にふるわなかったために早期に生産を打ち切られ、主に使用されたのはゼーフントで、フランスやオランダの沿岸で連合軍輸送船への攻撃を行いました。

ビーバー(ドイツ)

ビーバーは、1人乗りの小型潜航艇で、ドイツ海軍が使用した最も小さな潜水艦です。
ビーバーは、連合軍のフランス上陸に対抗するため、急遽開発が決められたものです。
魚雷2基を搭載することができ、オランダ沿岸で輸送船に対する攻撃を行いましたが、乗員が1人のため操作が難しく、技術的な問題もあって300隻以上が配備されたにも関わらず大きな戦果は上げられませんでした。

ネガー(ドイツ)

ドイツ語で黒人を意味するスラングであるネガーという変わった名前をもつこの兵器は、潜水艦というより人が乗り込める魚雷、すなわち人間魚雷と呼ぶべき兵器です。
ネガーは全長7.5mで、乗員が乗り込む魚雷の下に、攻撃用の魚雷を吊るして搭載することができました。
ネガー自身は潜航することができない半潜航艇で、水上走行で敵艦を目指しますが、海上に見えるのは艦上部に備わっているアクリル製風防くらいで、敵がネガーを発見することは非常に困難でした。
ネガーの改良型で潜航が可能になったマーダー(テン)、マーダーの改良形であるハイ(サメ)も開発されましたが、視界が狭く操縦も難しいこれらが大きな活躍をみせることはありませんでした。

人間魚雷マイアーレ(イタリア)

イタリア海軍は知られざる小型潜水艇の先進国で、すでに第一次大戦で潜水艇を使ってオーストリアの戦艦フィリブス・ウニティスを撃沈するという大戦果を上げています。
第二次大戦でもこれを改良した小型潜水艇が使われ、SLC(シルロ・ア・レンタ・コルサ:低速走行魚雷)マイアーレと呼ばれました。
マイアーレとは、イタリア語で「豚」を意味し、開発した技術者が訓練のときに乗員に「その豚にしがみつけ」といったことからこの名称がついたといわれます。
しがみつけ、という言葉でもわかる通り、マイアーレは通常の潜水艦と違い、魚雷の上に人が乗れるようにしたもので、人間魚雷といわれます。
乗員は2名で、潜航することはなくモーターボートのように海上を進み、港湾などに侵入して目標に接近、弾頭についている300kgの時限爆弾を外して敵艦に取り付けます。
乗員はゴム製の潜水スーツを着用し、爆弾設置後は再びマイアーレにまたがって脱出するというもので、魚雷ではなく爆弾を兵装とする潜航艇でした。
マイアーレは、ジブラルタルでの連合軍輸送船攻撃をはじめ、1941年12月19日のアレキサンドリア港湾侵入ではたった6人が乗る3隻のマイアーレによって、戦艦ヴァリアントとクィーン・エリザベスが大破するという大戦果を上げました。
これをみたイギリス海軍では、鹵獲したマイアーレをもとに人間魚雷チャリオットというコピー兵器が開発されています。

Xクラフト(イギリス)

イギリス海軍が運用したXクラフトも、日本の甲標的やドイツのゼーフントのように潜水艦を小型化したものですが、両者と大きく異なるのが魚雷を搭載していないという点です。
小型の潜航艇が、港湾に侵入して敵艦を雷撃するのは荷が重いと考えたイギリス海軍は、潜入自体をダイバーに任せて、敵艦に真下に水中爆弾を仕掛けて攻撃するという方法を選択しました。
艇内には潜水室を設けられ、乗員はデイビス型水中呼吸器を呼ばれる潜水具を装着します。
Xクラフトは4人乗りですが、狭い艦内で体力を消耗するのを防ぐ目的で少しでもスペースを広くするため実戦では3人で運用されることも多く、1隻につき、アマトール爆薬2tが充填された時限爆弾が搭載されていました。
広い太平洋での運用を考え、船体を大型化して乗員を5名に増やした極東向け改良型のXEクラフト(EはEastの頭文字から)も存在します。
Xクラフトの戦果としてはなんといっても1943年にノルウェーの泊地に停泊していたドイツの戦艦ティルピッツを攻撃して行動不能にしたソース作戦が上げられ、他にもシンガポール港に侵入して日本軍の重巡高雄を大破させたストラグル作戦があります。

まとめ

小型の潜航艇で敵の大型艦を沈めるというのは、実現すれば大きな快挙であり、小型潜航艇に期待をかける海軍もありました。
しかし実際には、小型の船体は波の影響を受けやすく、潜望鏡も低いため周囲の様子も分かりづらいなど、問題点はたくさんあり、潜水艦という兵器は1人や2人という少人数で操縦するには無理がある兵器でした。
通常の潜水艦のように魚雷を使って攻撃を行う小型潜航艇よりも、時限爆弾を使って攻撃を行うマイアーレやXクラフトのほうが大きな戦果を上げたという事実は、小型潜航艇の限界を現しているといえ、小型潜航艇という兵器が消えていった理由でもあるといえます。

 

自衛隊が集まる婚活イベントはこちら!